読書。 [日記]

ここんとこ家に帰ってもぐったりでスリヤナマスカラすらしてない日々。
反ると背中がバキバキです。

ここ数日、村上春樹氏の『走ることについて語るときに僕の語ること』という
本というかエッセイを読んでました。


走ることについて語るときに僕の語ること

走ることについて語るときに僕の語ること

  • 作者: 村上 春樹
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2007/10/12
  • メディア: 単行本



『イラッとしない村上春樹』を探してたところ、これならいいんじゃない?と勧められて
読んでみました。
村上氏はマラソンとトライアスロンのレースに毎年(最低)1回づつ参加しているそう。
文の中のマラソンっていうのを、アシュタンガと置き換えてもしっくりくるようなとこが
ところどころ見られて、不思議な感じでした。

アスリートが書く手記でもなく、スポーツがテーマの小説でもなく。
この人の本で初めて最後まで面白く読めた。

でもやっぱりちょっとイラッとしたけど(笑)。




 教えられる方は、そのプラクティスの具体的な意図はわからない。
 ただ言われたとおりに、身体のその部分をこつこつと動かしているだけ。
 肩のまわし方なら肩のまわし方ばかり、いやというほど反復させられる。
 肩のまわし方だけで1日が終わることもある。これはけっこうくたびれるし、むなしい。
 しかしあとになって振り返ると、「ああ、そうか。そういうことだったのか」と理解できる。
 
 そこにいたるために、しつこく、厳しく、そして我慢強く、個別パートのねじが締められていく。
 もちろん時間はかかる。
 しかしある場合には、時間をかけることが一番の近道になる。

 

 人生は基本的に不公平なものである。
 それは間違いのないところだ。
 しかしたとえ不公平な場所にあっても、そこにある種の「公平さ」を希求することは 
 可能であると思う。
 それには時間と手間がかかるかもしれない。
 あるいは、時間と手間をかけただけ無駄だったね、ということになるかもしれない。
 そのような「公平さ」に、あえて希求するだけの価値があるかどうかを決めるのは、
 もちろん個人の裁量である。
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